年に一度、乙女が堂々と告白できる、この日。
私はある決意を胸に、夜中から頑張ってチョコをつくる。
【Valentine】
キ―――ンコ―――ンカ――――ンコ――――ン。
お昼のチャイムが鳴ると、クラスの女子が一斉に教室から出る。
あっという間に教室には、私と清乃ちゃんの2名だけになってしまった。
「………みんな、慌ててどこにいったのかな?」
わたしのつぶやきに、唖然とした顔で私をみる清乃ちゃん。
「珠紀ちゃん……みんな乙女の戦いにいったんだと思うよ?」
「乙女の戦い?」
聞き返す私の肩に、清乃ちゃんの手が掴む。
「今日は何の日だか……覚えてる?」
大丈夫なの?と心底心配する顔で見つめられた。
「えっと……。今日が何の日だかは、ちゃんと気付いているよ?
ただ、こんな競争みたいな形でクラス中の女子が一斉にいなくなる現象とは、なかなか結びつかなかっただけで…。
……って、え?みんな、じゃぁ渡しにいったの?」
「んーーーー、たぶん私の予想では、狐邑先輩と犬戒くんあたりに集中しているんじゃないかな?って思うのよ」
サ――――――ッっと血の気が引いた。
「ゆ、祐一先輩ってやっぱりそんなに人気あるの?」
「………宗教ができそうなくらいにね」
や、やばい。私の中で焦りが生じる。
ふと、今日持ってきた手作りのチョコが入った紙袋に目を落とした。
「珠紀ちゃん!何ぼーーっとしてるの?恋愛は戦いよ!!早くいって」
清乃ちゃんのかけ声に、弾かれるようにチョコを持ったまま教室を出た。
学校中をあちこち探すけど、祐一先輩はおろか真弘先輩も拓磨も誰も見つけられない。
みんなどこへ行ったんだろう。
廊下をすれ違う女の子の話声が聞こえてきた。
「あーーーーん。また今年も狐邑先輩いないっ!」
「本当にいつもどこにいるのかしら」
毎年、この日はみんなどこかに隠れちゃうらしい。
廊下で立ち止まった。せっかく勇気を出して祐一先輩に作ったこのチョコレート。、
先輩だけじゃない、他のみんなにもいつもの感謝をこめてチョコを作ってある。
でも、頑張って作っても手渡せないのなら意味が無い。
それに今年、祐一先輩は卒業してしまう。
いつでも会えるとは思っていても、毎日は会えなくなるこの寂しさ。
なんだか、もう先輩とはこれで縁が切れちゃうんじゃないか、という考えまでよぎりだした。
結局、お昼休みは誰ひとりと会えなかった。
☆
放課後のチャイムがなった。
帰り支度をして、ふと教室を見るといつの間にか拓磨がいなくなっていた。
今日はみんなと一言もしゃべってない。
なんだか仲間はずれにされている気分にもなってくる。
ぼーーっとしたまま校庭から窓を見つめると、下校している生徒たちが見えた。
その中に祐一先輩がいないか、自然と探してしまう。
「たそがれているキ~ミ!どうしたのかな?」
清乃ちゃんが声をかけてきた。
なんでもないよ?と声をかけると、カバンに手をかけるその手を清乃ちゃんが掴んだ。
「駄目だよ!まだ渡せてないんでしょ?みんなならまだ帰っていないんじゃないのかな?」
「どうして分かるの?」「実はこっそり屋上に登って行くところを見たのよ!」
「みんなが?」
ほらほら行っておいで、と私にチョコの入った紙袋を持たせると、私の背をそっと押しだした。
教室の入り口で立ち止まる。
「清乃ちゃん、受け取ってもらえなかったらどうしよう」
今日は誰ひとりとして私に声をかけてくれなかった。
もしかすると、みんなこういう行事が嫌でしてもらいたくないのかもしれない。
私からも……。
少し情けない顔で清乃ちゃんを見ると、彼女はとびっきりの笑顔で答えた。
「やってみなけりゃ分からないじゃない?
珠紀ちゃんからのプレゼントを受け取らないっていうのは想像つかないけど、もしそうなったら私が食べてあげる!!」
ぐっと親指を立てていってらっしゃい、する彼女に笑みがこぼれた。
ありがとう、清乃ちゃん。
足取りが少し軽くなり、屋上へと向かう。
扉の前に立つと、ドアノブを握りながら少し考える。
今日は告白するのはやめよう。
受け取ってくれるだけで満足だ。
うん、と少し心の足かせを外し、ドアノブを回した。
そこには、今日会えなかったみんながいた。
一斉に私をみる。
「………みんな集まってどうしたの?」
胸がドキドキいってる、顔が赤くならないように必死でゆっくりと呼吸をする。
「そりゃお前、生徒のみんなが帰るまでここで待機してんだよ」
真弘先輩が言う。
先輩が拒否するって意外です。
「今帰るとだな、家で待ち構えているやつとかいるんだよ」
拓磨が言う。
拓磨って意外ともてたんだ。
「僕、断りきれませんでした」
数々のチョコが見える紙袋を両手で抱えている慎司くん。
大変だね、慎司くん。
「女ってめんどくせぇ」
遼が言う。
度胸の据わった女性もいるもんだ。
みんなの意見にだんだんとチョコが渡せなくなってくる。
「あぁ、正直困る」
祐一先輩の駄目押し。
駄目だ、渡せない。
自然とドアのほうに下がってしまった。
「え……っと、そうなんだ。じゃぁ、私一人で帰るから…」
そう言うと、ドアノブに手をかけた。
ごめん、清乃ちゃん一緒にチョコ食べて、と心の中でつぶやく。
「ちょっと待て」
真弘先輩の声に振り向いた。
みんななんだか片手を前に出している?
「何ですか?」
「いや、お前からは何もないのかと思ってだな……」
拓磨が顔を赤くしながら言う。
「なんかこ~一つくらい甘いもんがくいて~な~なんてよ」
真弘先輩がいう。
「あの、珠紀先輩から戴けるのでしたら、僕一生大切にします」
慎司くんがいう。
「オイッさっさと出せ。お前からチョコの匂いがしてんだよ」
遼ったら。
「珠紀、……欲しい」
祐一先輩からのその一言で、一気に顔が赤くなる。
どんな顔をすればいいのか分からないまま、みんなに恐る恐る渡していく、祐一先輩のみ内緒のチョコレートとともに。
「よーーっし、さっそく戴くとするか!」
真弘先輩が包装を破り始めると、一斉にみんなまで破り始めた。
「え?え、え…………えーーーーーーーーっ!!」
軽くパニックになる!
だって、だって、みんなのチョコと祐一先輩のチョコは違うんだもの!
みんなも気がついたのか、一斉に祐一先輩の手に持つチョコに目がいった。
「なぁ?どうして祐一のだけハート型なんだ?」
そう、みんなのチョコは丸い型で、祐一先輩のチョコのみハート型。
だ、だって本命チョコだもん。みんなの視線が私に移る。
「う゛っ。」
視線に耐えきれなくなり、慌てて嘘をついた。
「ゆ、祐一先輩おめでとうございます!!当たりです」
「「「「「当たりぃ~」」」」」
目線を合わせられないまま、何度もうなずいた。
「そ、そういうのって面白いでしょ?」
納得いかないという視線が私をさす。
少し汗だくになりながらも、チョコを渡す目的を果たした私は、後ずさりをしながらバイバイっと手を振って屋上から逃げ出した。
な、なんとか誤魔化せたかな?
まだ熱い顔を手でパタパタと仰ぎながらも階段を下りる。
最後の階段を降りようとした時、一向に地に足がつかないことに気がついた。
―― 誰かに抱きかかえられている。
―― 恐る恐る振り返ると、それは祐一先輩だった。
「祐一先輩?」
確認すると、そっとおろしてもらった。
でも、離してはくれない
「珠紀………まだ当たったものを貰っていない」
さっきのチョコの件でのことを思い出し、顔が赤くなる。
「あ…当たりの商品ですか?」
そうだと頷かれる。突然の思い付きでいったあのセリフ。
当然そんなものは考えてはいなかった。
「あの、先輩は何がいいですか?」
私のセリフに少し驚く。
「俺が決めてもいいのか?」
赤い顔を見られないように、下を向きながら何度もうなずいた。
しばらく沈黙が訪れる。
その静寂な時間がとても長く感じ、また自分の心臓の音が先輩に聞こえないかと、少し焦った。
「珠紀」
先輩の声に顔をあげると、唇が落ちてきた。
何がなんだか分からず頭が真っ白になる。
やさしい口づけが、だんだんと熱く深くなって………やがて、私の中で甘さが広がった。
先輩が甘いのか。
私が甘いのか。
二人が一つに溶け合う。
☆
しばらくしてやっと唇を解放されると、私の耳元で囁いた。
―― 珠紀が欲しい ――
そう言うと、私の髪をやさしくなでおろし、愛おしそうに頬すりをする。
嬉しさと恥ずかしさと幸せで、涙が出た。
先輩を抱きしめることで、自分の気持ちを伝えた。
fin
私はある決意を胸に、夜中から頑張ってチョコをつくる。
【Valentine】
キ―――ンコ―――ンカ――――ンコ――――ン。
お昼のチャイムが鳴ると、クラスの女子が一斉に教室から出る。
あっという間に教室には、私と清乃ちゃんの2名だけになってしまった。
「………みんな、慌ててどこにいったのかな?」
わたしのつぶやきに、唖然とした顔で私をみる清乃ちゃん。
「珠紀ちゃん……みんな乙女の戦いにいったんだと思うよ?」
「乙女の戦い?」
聞き返す私の肩に、清乃ちゃんの手が掴む。
「今日は何の日だか……覚えてる?」
大丈夫なの?と心底心配する顔で見つめられた。
「えっと……。今日が何の日だかは、ちゃんと気付いているよ?
ただ、こんな競争みたいな形でクラス中の女子が一斉にいなくなる現象とは、なかなか結びつかなかっただけで…。
……って、え?みんな、じゃぁ渡しにいったの?」
「んーーーー、たぶん私の予想では、狐邑先輩と犬戒くんあたりに集中しているんじゃないかな?って思うのよ」
サ――――――ッっと血の気が引いた。
「ゆ、祐一先輩ってやっぱりそんなに人気あるの?」
「………宗教ができそうなくらいにね」
や、やばい。私の中で焦りが生じる。
ふと、今日持ってきた手作りのチョコが入った紙袋に目を落とした。
「珠紀ちゃん!何ぼーーっとしてるの?恋愛は戦いよ!!早くいって」
清乃ちゃんのかけ声に、弾かれるようにチョコを持ったまま教室を出た。
学校中をあちこち探すけど、祐一先輩はおろか真弘先輩も拓磨も誰も見つけられない。
みんなどこへ行ったんだろう。
廊下をすれ違う女の子の話声が聞こえてきた。
「あーーーーん。また今年も狐邑先輩いないっ!」
「本当にいつもどこにいるのかしら」
毎年、この日はみんなどこかに隠れちゃうらしい。
廊下で立ち止まった。せっかく勇気を出して祐一先輩に作ったこのチョコレート。、
先輩だけじゃない、他のみんなにもいつもの感謝をこめてチョコを作ってある。
でも、頑張って作っても手渡せないのなら意味が無い。
それに今年、祐一先輩は卒業してしまう。
いつでも会えるとは思っていても、毎日は会えなくなるこの寂しさ。
なんだか、もう先輩とはこれで縁が切れちゃうんじゃないか、という考えまでよぎりだした。
結局、お昼休みは誰ひとりと会えなかった。
☆
放課後のチャイムがなった。
帰り支度をして、ふと教室を見るといつの間にか拓磨がいなくなっていた。
今日はみんなと一言もしゃべってない。
なんだか仲間はずれにされている気分にもなってくる。
ぼーーっとしたまま校庭から窓を見つめると、下校している生徒たちが見えた。
その中に祐一先輩がいないか、自然と探してしまう。
「たそがれているキ~ミ!どうしたのかな?」
清乃ちゃんが声をかけてきた。
なんでもないよ?と声をかけると、カバンに手をかけるその手を清乃ちゃんが掴んだ。
「駄目だよ!まだ渡せてないんでしょ?みんなならまだ帰っていないんじゃないのかな?」
「どうして分かるの?」「実はこっそり屋上に登って行くところを見たのよ!」
「みんなが?」
ほらほら行っておいで、と私にチョコの入った紙袋を持たせると、私の背をそっと押しだした。
教室の入り口で立ち止まる。
「清乃ちゃん、受け取ってもらえなかったらどうしよう」
今日は誰ひとりとして私に声をかけてくれなかった。
もしかすると、みんなこういう行事が嫌でしてもらいたくないのかもしれない。
私からも……。
少し情けない顔で清乃ちゃんを見ると、彼女はとびっきりの笑顔で答えた。
「やってみなけりゃ分からないじゃない?
珠紀ちゃんからのプレゼントを受け取らないっていうのは想像つかないけど、もしそうなったら私が食べてあげる!!」
ぐっと親指を立てていってらっしゃい、する彼女に笑みがこぼれた。
ありがとう、清乃ちゃん。
足取りが少し軽くなり、屋上へと向かう。
扉の前に立つと、ドアノブを握りながら少し考える。
今日は告白するのはやめよう。
受け取ってくれるだけで満足だ。
うん、と少し心の足かせを外し、ドアノブを回した。
そこには、今日会えなかったみんながいた。
一斉に私をみる。
「………みんな集まってどうしたの?」
胸がドキドキいってる、顔が赤くならないように必死でゆっくりと呼吸をする。
「そりゃお前、生徒のみんなが帰るまでここで待機してんだよ」
真弘先輩が言う。
先輩が拒否するって意外です。
「今帰るとだな、家で待ち構えているやつとかいるんだよ」
拓磨が言う。
拓磨って意外ともてたんだ。
「僕、断りきれませんでした」
数々のチョコが見える紙袋を両手で抱えている慎司くん。
大変だね、慎司くん。
「女ってめんどくせぇ」
遼が言う。
度胸の据わった女性もいるもんだ。
みんなの意見にだんだんとチョコが渡せなくなってくる。
「あぁ、正直困る」
祐一先輩の駄目押し。
駄目だ、渡せない。
自然とドアのほうに下がってしまった。
「え……っと、そうなんだ。じゃぁ、私一人で帰るから…」
そう言うと、ドアノブに手をかけた。
ごめん、清乃ちゃん一緒にチョコ食べて、と心の中でつぶやく。
「ちょっと待て」
真弘先輩の声に振り向いた。
みんななんだか片手を前に出している?
「何ですか?」
「いや、お前からは何もないのかと思ってだな……」
拓磨が顔を赤くしながら言う。
「なんかこ~一つくらい甘いもんがくいて~な~なんてよ」
真弘先輩がいう。
「あの、珠紀先輩から戴けるのでしたら、僕一生大切にします」
慎司くんがいう。
「オイッさっさと出せ。お前からチョコの匂いがしてんだよ」
遼ったら。
「珠紀、……欲しい」
祐一先輩からのその一言で、一気に顔が赤くなる。
どんな顔をすればいいのか分からないまま、みんなに恐る恐る渡していく、祐一先輩のみ内緒のチョコレートとともに。
「よーーっし、さっそく戴くとするか!」
真弘先輩が包装を破り始めると、一斉にみんなまで破り始めた。
「え?え、え…………えーーーーーーーーっ!!」
軽くパニックになる!
だって、だって、みんなのチョコと祐一先輩のチョコは違うんだもの!
みんなも気がついたのか、一斉に祐一先輩の手に持つチョコに目がいった。
「なぁ?どうして祐一のだけハート型なんだ?」
そう、みんなのチョコは丸い型で、祐一先輩のチョコのみハート型。
だ、だって本命チョコだもん。みんなの視線が私に移る。
「う゛っ。」
視線に耐えきれなくなり、慌てて嘘をついた。
「ゆ、祐一先輩おめでとうございます!!当たりです」
「「「「「当たりぃ~」」」」」
目線を合わせられないまま、何度もうなずいた。
「そ、そういうのって面白いでしょ?」
納得いかないという視線が私をさす。
少し汗だくになりながらも、チョコを渡す目的を果たした私は、後ずさりをしながらバイバイっと手を振って屋上から逃げ出した。
な、なんとか誤魔化せたかな?
まだ熱い顔を手でパタパタと仰ぎながらも階段を下りる。
最後の階段を降りようとした時、一向に地に足がつかないことに気がついた。
―― 誰かに抱きかかえられている。
―― 恐る恐る振り返ると、それは祐一先輩だった。
「祐一先輩?」
確認すると、そっとおろしてもらった。
でも、離してはくれない
「珠紀………まだ当たったものを貰っていない」
さっきのチョコの件でのことを思い出し、顔が赤くなる。
「あ…当たりの商品ですか?」
そうだと頷かれる。突然の思い付きでいったあのセリフ。
当然そんなものは考えてはいなかった。
「あの、先輩は何がいいですか?」
私のセリフに少し驚く。
「俺が決めてもいいのか?」
赤い顔を見られないように、下を向きながら何度もうなずいた。
しばらく沈黙が訪れる。
その静寂な時間がとても長く感じ、また自分の心臓の音が先輩に聞こえないかと、少し焦った。
「珠紀」
先輩の声に顔をあげると、唇が落ちてきた。
何がなんだか分からず頭が真っ白になる。
やさしい口づけが、だんだんと熱く深くなって………やがて、私の中で甘さが広がった。
先輩が甘いのか。
私が甘いのか。
二人が一つに溶け合う。
☆
しばらくしてやっと唇を解放されると、私の耳元で囁いた。
―― 珠紀が欲しい ――
そう言うと、私の髪をやさしくなでおろし、愛おしそうに頬すりをする。
嬉しさと恥ずかしさと幸せで、涙が出た。
先輩を抱きしめることで、自分の気持ちを伝えた。
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